安土城 天守台跡 [100名城]
前回の二の丸跡からさらに上に登っていきます。
天守台跡の標識が見えてきました。
天守台跡に到着しました。礎石が一定間隔で並んでいます。当時はここにドカーンと地上6階、地下1階の天守台があったわけですが、この場所は、地下1階の部分にあたります。また、広さですが、当時は周りの石垣よりもさらに外側もあって、全体的には現在の2倍半の面積はあったと言われています。
天守台からの眺め。当時この高さから、さらに地上6階ですから、天守台からの眺めも大変よかったんでしょうね。
自分は当日が月曜で休館日であったためできなかったのですが、安土城に登る前に、考古博物館とか信長の館とか城郭資料館でイメージをわかしてから登ると良いかもしれません。
安土町城郭資料館にある模型です。こんな感じだったみたいですよ天守は。
休館だと知った時は予定がくるって非常にショックだったんですけど、まぁ、こういうとこは月曜休館ってよくあることなんですけどね、なぜか頭から抜けていました。
次回は最終回摠見寺跡です。
(つづく)
天守台跡の標識が見えてきました。
天守台跡に到着しました。礎石が一定間隔で並んでいます。当時はここにドカーンと地上6階、地下1階の天守台があったわけですが、この場所は、地下1階の部分にあたります。また、広さですが、当時は周りの石垣よりもさらに外側もあって、全体的には現在の2倍半の面積はあったと言われています。
天守台からの眺め。当時この高さから、さらに地上6階ですから、天守台からの眺めも大変よかったんでしょうね。
自分は当日が月曜で休館日であったためできなかったのですが、安土城に登る前に、考古博物館とか信長の館とか城郭資料館でイメージをわかしてから登ると良いかもしれません。
安土町城郭資料館にある模型です。こんな感じだったみたいですよ天守は。
休館だと知った時は予定がくるって非常にショックだったんですけど、まぁ、こういうとこは月曜休館ってよくあることなんですけどね、なぜか頭から抜けていました。
次回は最終回摠見寺跡です。
(つづく)
安土城 二の丸・織田信長公本廟 [100名城]
前回は黒金門跡を入り、安土城の中枢部に入りました。
さらに進み、二の丸跡を目指します。
二の丸は天守の西側に構築された郭で、織田信長公本廟があります。
急な階段が見えてきました。この上が二の丸跡でしょうか。
二の丸跡の石碑が見えました。
奥に石垣のような壁に囲まれた場所が見えます。あそこが織田信長公本廟のようです。
織田信長公本廟は、信長の太刀や烏帽子などの遺品を埋めて弔うために秀吉により作られたと伝えられています。ここの一角は立入禁止になっています。
また、宗教的空間として利用されているため、二の丸自体は全面的な調査が実施できず不明な点が多いそうです。
ちなみに100名城スタンプはここにあるので、押すのを忘れないように気をつけてください。
(つづく)
さらに進み、二の丸跡を目指します。
二の丸は天守の西側に構築された郭で、織田信長公本廟があります。
急な階段が見えてきました。この上が二の丸跡でしょうか。
二の丸跡の石碑が見えました。
奥に石垣のような壁に囲まれた場所が見えます。あそこが織田信長公本廟のようです。
織田信長公本廟は、信長の太刀や烏帽子などの遺品を埋めて弔うために秀吉により作られたと伝えられています。ここの一角は立入禁止になっています。
また、宗教的空間として利用されているため、二の丸自体は全面的な調査が実施できず不明な点が多いそうです。
ちなみに100名城スタンプはここにあるので、押すのを忘れないように気をつけてください。
(つづく)